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長野地方裁判所 平成10年(行ウ)1号 判決 1999年3月19日

原告

北原敬久

被告

(松本市長) 有賀正

右訴訟代理人弁護士

林一樹

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  前判示の当事者間に争いのない事実に加え、〔証拠略〕によれば、以下の各事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  松本市では、企画部市長公室秘書課が市長の日程管理及び随行等の事務を分掌しており、同課において、各種団体から市長に対する会合等への招待ないし出席依頼に対応することとされていた。秘書課では、招待等を受けた会合の開催趣旨、内容、目的等を招待状の内容・体裁や事前のヒアリング等を通じて把握し、公務との関連性及び市長が出席する必要性等を勘案の上、出欠席又は代理出席の決定及び日程調整等を行い、市長に対しては、前日に出席予定を伝達し、事前の個々の会合への出欠席に関する意向を聴取することはしていなかった。

また、市長の出席に伴って、その交際費から会費や慶弔費等が支出されることがあり、支出額について明文化された基準はなかったものの、公務としての必要性及び関連性の程度のほか、先例や慣例をも総合考慮し、秘書課長においてその専決権限に基づいて決定していた。そして、祝儀として現金を支出する場合は、会合の種類にもよるが、概ね一万円が上限とされていた。

2  一条課長は、平成九年七月上旬ころ、あがた会会長から松本市長の肩書を付して被告あてに平成九年度総会の案内状が送付されてきたことから、同会の幹事に対し照会し、会合の趣旨、被告が市長の立場で来賓として挨拶することを求められていること及び式次第等を聴き取り、右総会には、例年、市役所職員のほか、学校長や市議会議員等の公職者が多く出席していることを承知していたため、このような場において多数の来賓から市政上の諸問題や課題等を聞くことは公聴という目的に合致し、市政の現状や取組状況を説明することは市政運営に対する市役所職員の理解を深め、ひいては市民サービスにも繋がるものと考え、同会合への出席は公務に関連するものと判断して、被告の出席を決定し、懇親会を伴うことを踏まえ、従前の同種会合出席の際における支出額等との均衡も考慮の上、飲食等の実費相当分及び祝酒に代わる金員の趣旨で一万円を市長交際費から支出することとした。

被告は、同月一八日、あがた会の総会には出席できなかったものの、その後の懇親会に出席し、席上、市長として挨拶し、出席者に対し、市政の状況や市政への理解・協力等を依頼するなどした。右一万円は、「御祝」と表書されたのし袋に入れられて、同会に交付され、同会では、これを雑収入として計上した。

3  一条課長は、同月一日ころ、県陵同窓会会長から松本市長の肩書を付して被告あてに、県ケ丘高校創立八〇周年記念事業の協議等を議題とする平成九年度常任理事会への招待状が送付されたことから、県陵同窓会幹事に対し照会するなどしたところ、同理事会において、記念事業の一環として体育館及びプールの改築問題を取り上げることが分かり、松本市が従前から行政運営の基本方針としていた第六次基本計画における「高等学校の老朽校舎解消と施設整備の促進」という構想とも関連するとともに、同理事会の後に開催される懇親会において、右構想に関する市の取組状況等を説明することは住民に対する市政への理解を深めるのに有益であると考え、同懇親会への出席は公務に関連するものと判断し、被告の出席を決定し、飲食費の実費相当分及び祝金という趣旨で一万円を市長交際費から支出することとした。

被告は、同月一九日、常任理事会から引き続いて開催された県陵同窓会懇親会に出席し、その席上、市長として、市政の状況説明等、前記記念事業と松本市の施策との関連等を話題とした挨拶をした。右一万円は、被告に随行した一条課長が、県陵同窓会事務局に「御祝」と表書されたのし袋に入れて交付し、県陵同窓会では、これを祝儀として雑収入に計上した。

4  なお、被告は、松本市長に就任後、松本市役所内の他の高校出身者による職域同窓会や同市内の学校関係の諸団体の会合にも数多く出席し、来賓として挨拶するなどしており、これに伴い、市長交際費から概ね数千円から一万円程度の祝金が支出されたり、祝酒が提供されている。

二  ところで、地方公共団体の長は、執行機関としての職務の性質上、対外的に活動し、社会生活上の諸々の場面において外部の者と交渉を持つことがあるところ、これを円滑に遂行するためには、相手方に対して、相応の儀礼を講ずることが必要な場合もあるから、このような職務に関連して社会通念上相当と認められる範囲内の交際をすること及びそのために公金を支出することは許されるものというべきであり、その交際の内容及び程度が右の相当な範囲のものであるか否かは、職務との関連性、外部者との交際の必要性、その相手方、交際の態様及びそのための支出金額等の諸点を総合して判断すべきである。したがって、市長交際費からの支出を伴う交際が右の見地から社会通念上容認できないようなものでない限り、そのための支出もまた財務会計法上違法とはならないと解される。

そこで、これを本件についてみるに、前判示のとおり、本件各会合の主催団体は、松本市内の高校の同窓会であって、いずれも住民の社会生活上の活動の一つである同窓会活動を行うために設立されたものであること、被告の同会合への出席は、いずれも松本市の市長として市政の現状等を他の出席者に説明し、理解及び支援を求めるなどの目的のために行われたものであること、出席の是非並びにそのための本件各支出の要否及びその金額を決定するに当たっては、秘書課長が事前に主催団体の担当者に対し、会合の趣旨、市長出席の意義等について調査し、かつ、同種会合への出席の前例等を考慮していること、本件各支出の金額は、いずれも一万円で、懇親会において提供される酒食に対する実費相当額という趣旨に相応していること、被告は、県ケ丘高校関係に限らず、他の学校関係団体の主催する会合にも出席し、市長交際費から祝金等が支出されていることなどの諸点を指摘することができ、これらに徴すれば、本件各支出が社会通念上相当と認められる範囲を超えたものであるということはできない。

この点、被告は、本件各会合への出席依頼は、市長に対する招待とは解し得ない旨主張するが、前判示のとおり、いずれの主催団体も被告を市長として招待したものであることは、事前に秘書課長の調査により確認されているところである。次に、原告は、市長の公務日程を記載する新聞記事に、本件各会合への出席が記載されていないことは、右各会合への出席が公務でないことの証左である旨主張するが、証人一条功の証言及び弁論の全趣旨によれば、右記事には大まかな公務日程のみを紹介するにすぎず、市長の公の活動が逐一記載されているものではないことが認められるのであって、右記事がないことのみをもって本件各会合への出席が公務でないと即断することはできない。さらに、原告は、本訴提起前に被告と交渉した際、被告が本件各支出分については松本市に返還してもよい旨述べた旨指摘し、〔証拠略〕によれば、右主張どおりの事実が認められるが、その前後の交渉経過をも併せ検討すれば、右発言が本件各支出の違法を自認したものであるとまでは解することができない。

そうすると、本件各支出が違法であるとの原告の主張を採用することはできない。

三  結論

よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齋藤隆 裁判官 針塚遵 片野正樹)

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